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たとえばうる星やつらの話も度々出てくるのだが、高橋留美子のめぞん一刻はドラマではないというのだ。

なぜならあの話は主人公の男が結婚してくれといってしまえばそこで終わってしまう話で、「優柔不断」だからこそ物語が続いたのだ……というか、何年も続けるために男を優柔普段にした。そして押井守氏に言わせればそういった根拠をもたないがゆえに起こるドラマはドラマではないのだ。

今のアニメやマンガや特にライトノベルなんてそんなのばっかりだよね。優柔不断なキャラクタなんて物語を長引かせるためだけに設定された精神的奇形児でほとんど精神病の域に達しているのにあまり状況は改善されない。だから押井守のこういう言い方にとても共感する

ようするに未熟なのだ。未熟であるがゆえに生起するドラマはドラマとは呼ばない。ドラマとは「価値観の相克」のことだ。俺はあんたが好きだ。あんたも俺が好きだ。でも、なぜか二人は一緒になれない。これならドラマたりえる。だから、好きだということを言わないで永遠に続くドラマはドラマとはいえないのだ

コミュニケーションは、要らない - 基本読書 (via rpm99)
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